大阪市北区にある関西合同法律事務所 弁護士歴30年井上直行のBlog エッセイならぬdessay です
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2017.04.12 Wed
造幣局「桜の通り抜け」
造幣局「桜の通り抜け」がはじまります
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さくら

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2017.03.11 Sat
菜の花や月は東に日は西に
菜の花や月は東に日は西に
与謝蕪村の有名な句
安永三年三月二十三日に詠まれた句とされます

蕪村生誕300年記念事業として、淀川神社(大阪市都島区)に蕪村銅像が建立されました
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2017.02.10 Fri
「お初天神」(露天神社)
【露と散る 涙に袖は朽ちにけり 都のことを 想い出づれば】

露天神社の由縁は、901年 菅原道真が太宰府へ左遷される途中に詠んだ歌にあるそうです

梅田のオアシスという場所で、毎朝境内を通って通勤しています

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2017.01.06 Fri
国会期成同盟発祥之地
国会期成同盟結成大会は 1880(明治13)年に ここ太融寺で開かれ、 これが 日本で最初の自由民権運動だったといわれる。
この碑は 自由民権運動100年を記念して建てられた。
自由民権運動は日本最初の民主主義運動であり 国会開設・憲法制定・地租軽減・地方自治・不平等 条約撤廃などの諸要求をかかげて展開された

 一八八〇(明治十三)年 大阪で国会期成同盟結成 大会が開かれ国会開設の請願書の提出と国民的 運動の方向が決定された 大会は三月十五日 北久宝寺町喜多福亭で始まり同十九日会場を 太融寺に移し四月八日まで白熱の論議が続きその 後の全国的な運動の発展に画期的意義をもった まさにこの運動の舞台となったここ太融寺こそ 国会期成同盟発祥の地であり自由民権運動飛躍 の場として永久に記念さるべきである
 自由民権百年を契機に私たちは先人の遺業を たたえその進歩と革新の伝統をうけつぎここに 記念碑を建て自由と民権が永遠の真理たる ことの証とするものである
  一九八五年五月三日
      撰文 黒田了一
         自由民権大阪建碑実行委員会 建之

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2016.12.08 Thu
中学校のクラブ活動である剣道部活動中に、顧問教諭が女子生徒の腰部を痛みを感じるような強さで蹴りつけることは、生徒の冗談に突っ込みを入れる気持ち・親しみを込める気持ちであったとしても、違法な有形力の行使である暴行に該当し、国家賠償法上違法な行為に当たるとされた事例
中学校のクラブ活動である剣道部活動中に、顧問教諭が女子生徒の腰部を痛みを感じるような強さで蹴りつけることは、生徒の冗談に突っ込みを入れる気持ち・親しみを込める気持ちであったとしても、違法な有形力の行使である暴行に該当し、国家賠償法上違法な行為に当たるとされた事例

東京高等裁判所平成17年12月22日判決(控訴人生徒、被控訴人横浜市)
判例タイムズ1237号285頁

 「教諭が一審原告を蹴ったいきさつについて、教諭の陳述書には、一審原告が友人に「ああ疲れた、私も年ね」と言ったので、「何言っているんだ、まだ若いくせに」と部活の顧問と部員の親しみを込めて蹴った旨の部分があり、その場に居合わせた生徒の陳述書中にも、一審原告の冗談を受けて、あるいは冗談に突っ込みを入れるという感じで、軽く蹴った旨の部分があるのに対し、一審原告は、友人と話をしているといきなり蹴られた旨供述し、なぜ蹴られたのか説明がない。部活の練習中に無駄話をしたことに対する注意あるいは体罰として蹴ることは一般論としてはあり得ることであるが、教諭は部員に注意するために手を出したり蹴ったりすることは一切ない旨の部分に照らせば、教諭が蹴ったのは体罰あるいは注意の手段としてではなく、教諭の陳述書のとおりのいきさつであったと認めるのが相当である。
 もっとも、その蹴りの強さについては、一審原告は「そんなに弱くはなくて、だからといってそう強くもなかったという感じです。でもバランスを崩すくらい強かった。」旨供述しており、同一審原告が帰宅後一部始終を母親に話し、整形外科へ赴き診療を受け、医師にも先生に腰を蹴られた旨述べていることに照らしても、痛みを感じ、それが持続する程度の強さであったことが認められ、これに反する部分は信用できない。
 教諭としては、一審原告の冗談に突っ込みを入れる気持、親しみを込める気持であったとしても、教師が生徒を背後から突然痛みを感じるような強さで蹴りつけることは違法な有形力の行使である暴行に該当するというべきである。」


 判決は、教諭の失言(生徒を「やくざ」と評するような発言)については、
 「教師が自由闊達な授業を心がけ、率直に生徒とふれ合う時、その触れ合いの中で生徒に対する言動が思わぬ波紋を呼ぶことは避けられないことであって、個々に授業中の言動を取り上げ、波紋の及んだ結果から見れば、その言動が教育上の配慮を欠く不適切なものであったといえても、授業全体の中で見れば、それが生徒に対する悪意によるものではなく、単なる失言と評価すべきものであることが明らかで、生徒に与える悪影響がそれほど大きなものとはいえない場合は、この言動を捉えて生徒に対する国家賠償法1条1項にいう違法行為とまで認めることはできない。」としている。

 判例は、教師による教育活動として生徒との接触交流を広く認めながらも、有形力の行使に関しては厳格に禁止するという態度であるといえる

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